平成24年7月21日。
この日は今でも鮮明に記憶している。
白鵬、日馬富士が揃って白星を挙げて、両者初日から14連勝となった。
14日目は白鵬が稀勢の里と、日馬富士が琴欧洲と割が組まれていた。
まず日馬富士が先に土俵へ上がり、やや左に動いて上手を引いて崩してから寄り切って14連勝とした。
そしてその後土俵へ上がった白鵬は立ち合い変化で稀勢の里を下して14連勝とした。
内容面に苦言を呈する者も少なくなかったが、それでも私自身はそんなことよりもリアルタイムで千秋楽全勝相星決戦を観ることが出来る喜びを感じていた。
この当時は朝青龍が引退して2年程経過しており、白鵬が『63連勝』『7連覇』と全盛期真っ只中だった(厳密に言えばその全盛期から少し経った後だが)。
朝青龍ー白鵬の2人でなければ全勝相星決戦を観ることは不可能だと思っていた。
さらにこの場所は日馬富士が東正大関ではなかったため、本来ならば番付順に言えば12日目に対戦予定だったが、協会が割を遅らせて実現することになった。
本当に大相撲を観戦してきて良かったと思う瞬間であった。
この当時私は大学4年生であり、実務研修中だった。
研修地で私が大相撲ファンということが知れ渡っていたため『今場所日馬富士が強いみたいだね』『誰が優勝すると思う?』等声をかけられていた。
帰宅すると毎日課題提出のためにレポート作成等に追われていたが、千秋楽全勝相星決戦となった瞬間、どのような展開になるのか気になり過ぎて全く課題に集中することが出来なかった。
結局千秋楽全勝相星決戦は呆気ない一番で幕を閉じたが、それでも私の心に刻まれる一番となった。
9年前の上位陣の顔触れは、1横綱の白鵬、そして史上初の6大関時代の2場所目であった(稀勢の里、琴奨菊、把瑠都、日馬富士、琴欧洲、鶴竜)。
その後横綱に昇進した力士もいれば関脇へ陥落した力士もいた(丁度半々の人数である)。
そして9年経った現在、当時の6大関は全員引退した。
その中上位陣で唯一残っている力士が、当時から第一人者の白鵬である。
9年経って進退が囁かれる立場となったが、今場所は見事に跳ね返し、そして再び千秋楽全勝相星決戦へ挑むことになった。
どんな結果になろうと、令和時代における印象に残る取り組み、場所として語り継がれることになるだろう。